今日の出来事などを

町内会の記憶が、今の自分を支えている

町の記憶をたどると、町内会で見かけた大人たちの姿が浮かぶ。忙しいはずなのに、時間を割いて行事を支え、子どもたちに目を向けていた人たち。気負いのないその背中は、風景の一部のように馴染んでいた。あの頃は、それが当たり前だと思っていた。でも今なら...
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町内会が見守っていた日常

あの町では、子どもは町全体で育てられているような感覚があった。町内会の人たちは、決して口うるさくはなかったが、必要なときには必ず声をかけてくれた。道で転んだとき、すぐに駆け寄ってきたのは、家族ではなく町内会でよく見かけるおばあちゃんだったこ...
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町内会の顔ぶれが、記憶に残っている

町内会の名前が書かれた掲示板は、いつも同じ場所に立っていた。行事のお知らせや注意書きが貼られていて、大人たちは立ち止まりながらそれを眺めていた。忘れてしまってもおかしくないはずの光景が、今も鮮やかに心に居座っている。子どもだった自分は、町内...
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町内会の人たちがつくっていた安心

町を歩いている、子どものころの記憶がふとよみがえる。あの頃、町で見かける大人たちは、ほとんどが顔見知りだった。友達の両親、近所のおじいちゃんやおばあちゃん、町内会でよく見かけた人たち。誰が誰の親で、どの家に住んでいるのか、自然と分かっていた...
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なくなった景色と、なくならなかった気持ち

あの商店街は、きっと今もあの場所で息をしている。店を切り盛りする人は代わったかもしれないけれど、ガラス戸の奥には変わらない日常のやり取りがあって、いつものように「ただいま」や「こんにちは」が行き交っていると思う。豆腐の湯気も、文房具屋のガラ...
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飴玉ひとつ分の、あたたかい記憶

駅に向かうバス停の手前にあった、小さなたばこ屋さん。店番のおばあちゃんは、父のお使いでタバコを買いに行くと、必ず飴玉をひとつくれた。手のひらに残った甘い記憶。あの飴玉ひとつが、当時の私には世界のすべてだった。「えらいねぇ」と言われるのが嬉し...
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豆腐の湯気の向こうに見えた、大人の背中

商店街の豆腐屋さん。大きな鍋から立ち上る白い湯気の向こうで、無口なおじさんがいつも黙々と働いていた。子どもの私には、あのおじさんが少しだけ強面(こわもて)に見えていた。でもそれは、おじさんがとても静かで、不器用な人だったから。自分から話しか...
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用事のない帰り道が、いちばん豊かだった

家からたった5分のバス通り。そこに並んでいた商店街は、今思い出しても不思議な力を持っている。一歩踏み出すたびに、自分が少しだけ好きになれる。そんな場所だった。大型スーパーもコンビニもないのに、いや、なかったからこそ、あそこには“人の気配”が...